アフリカの民主化についての考察

こんにちは、水野です。今日は社会化的なお話です。日本には、日本国憲法があり国民主権が認められています。今日本では憲法改正を安倍政権はしようとしています。内容を見ていると、私の主観ですがこの日本国憲法の「国民主権」がなんか脅かされるように感じることかあります。この日本国憲法は古いとかいろいろな意見がありますが、しかし、60年以上この憲法のおかけ平和な生活がてぎたことは否定できないと思います。

 

CNNの記事でこのような社説がありました

 

内容としてはマラウイの未来について、法律について不平等さの改善性のことでした。マラウイだけではなくアフリカの特に発展途上国について私の思うことは「独裁政権」をあげることが言えます。理由はアフリカの多くの国は欧米諸国の植民地ではく奪された生活を強いられてきたと思います。それが1960年代まで多くのアフリカ諸国が独立しましたが、多くの場合支配者が白人から強い民族の族長みたいな人が大統領という形で国民を支配して自分たちの民族だけ優位に立つような法律を作ったりして結局はあまり変わらなかったように民衆は思ったと思います。

 

しかし近年アフリカに大きな変化が現れました。アフリカに旅行してどんな国にもあるものと言ったら「日本車」「コーラ」「キリスト教宣教師」(ソマリアを除く)と言われていました。しかしこの数年あるものが加わりました。それが「インターネット」です。そのインターネットこそが2011年に起こったリビア、チェニジア、エジプトなどで起こった民衆運動に広がっていきます。そして、リビアでは暗殺 チェニジアやエジプトなどは国外追放になり、この革命は成功したかに見えました。

 

私は独裁者の負の面ばかり見ていましたが、良い面もあることに気付きました。それは、宗教対立を独裁者が封じ込めていたことがあります。特に西アフリカはイスラム教徒とキリスト教徒が同じぐらいの勢力を持っていることがありますので、権力争いが起こるのですが、独裁者が封じ込めていたので対立が起こることが少なかったのです。

 

それらの革命が起こった後、実権を握った指導者がまた独裁に近いことを初めて、またデモが起きていることをエジプトで見ることが出来ます。また、独裁者がいなくなったことで西アフリカではイスラム勢力が増大し、キリスト教徒との争いが躊躇になってきました。

そして国がまた混乱して旅行客にも影響を与えています。せっかく独裁者を追い出しても結局はいたちごっこであるアフリカの現状やはり大切なのはどのような教育を受けて、それを生かしていくかなのではないでしょうか?